ホラーゲーム考察:人はなぜ怖さを求めるのか

ホラーゲームスランプだああああああああ!

背景:ホラーゲームスランプになった

うさぎパズルアカズノハコが大バズりして二年前はこんな記事を書いていましたが、見事その後ホラーゲームスランプに陥ってしまいました!

怖いホラーゲームとは ~恐怖でアクセス数増加大作戦~
ホラーゲームの制作過程をまとめました。どうしたら恐怖を与えることができるのか、実際に制作したゲームを紹介しつつ説明していきます。

うさぎパズルの手法は「怖くないホラーゲーム」と銘打つことで「何か来るかもしれない・・・!」という不安を効果的に煽る事ができた点が効果的だったのだと思います。

そして、その後に進むホラーゲーム本編アカズノハコもシナリオ構成をガッチリ構築しておりましたので、エンディング後の達成感をしっかりと与えることに成功しました。

掴みが最高のゲーム+シナリオ構成をしっかり作ったゲームの合わせ技が成功の要因だったのでしょう。

が!同じ手法が二度三度も通じないのがホラーゲーム!

今後同じ手法で「怖くないホラーゲーム」と題したところで、もう手の内は全て見せてしまっているので不安を感じることはなくなりました。これでは、怖くなることもないでしょうから、掴みの部分が完全に使えなくなったということになります。

また、アカズノハコで散々利用した「何か迫ってくる不安を高めて、最終的に怖い顔を表示する」作戦も、慣れてしまえばもう怖くはありません。

ホラーシナリオの部分も二度目は通用しなくなってしまいました。

次のホラーゲームはどうしよう・・・と考えて一作作ってみましたが・・・

これ、どう思いますかね?

・恐怖旅館へようこそ

https://hothukurou.firebird.jp/game/Ryokan/index.html

・・・色々みすったあああああああ!

掴みはホラーっぽいけど、あんま怖くないし、オチが弱いからプレイしてもあんま良い感想うかばなああああああああい!

恐怖を追い求めるあまり、「風呂敷だけ広げて、話の結末を考えずに作ってしまう」という壮大なミスを犯したので、どうも尻切れトンボみたいな内容になってしまいました。

これでは、ホラーゲームで遊んだ後の「恐怖を乗り越えた爽快感 or カタルシス」を感じることはできません。

と、完全にスランプになってしまったので、これから恐怖と向き合うことにしました。

とりあえず、恐怖の構造という本を買ってみました。そして、そこから得た知見をもとに、

ホラーゲームを作るにあたって有益な視点をいくつかまとめることにしました。

考察:怖さの定義と娯楽性について

視点1:怖さには「恐怖」と「不安」の二つがある

恐怖の構造によれば、怖いという感覚は恐怖と不安の二つに分類されるといいます。

恐怖とは、外敵が自分に危害を与えてくるという感覚を指します。

不安とは、何か得体のしれない恐怖が迫ってきそうである、という感覚を指します。

恐怖の例としては、「殺人鬼に出会ってしまい、追いかけられる」「社長に怒られることを覚悟して社長室に向かう」

不安の例としては「この館には得体も知れない存在がいて、何か不吉なことが起きるかもしれない」「社内で自分の評判がよくないのではないか」

という感覚です。不安は「恐怖が起こりそうな予兆を感じるけど、恐怖の内容は未知」ことです。

このあたりは定義の話になってしまうので、この際なので、不安と恐怖を線引きしてしまいます。不安は「恐怖の予兆を感じる」けど「恐怖の内容が未知」ということにします。

殺人鬼が潜む洋館に迷い込んだ事実を理解して屋敷を探索した場合には「恐怖」

見知らぬ洋館に迷い込んだ場合には「不安」ということです。

そして「恐怖」がもたらす娯楽と「不安」をもたらす娯楽は実は異なることである、という話を次にしたいと思います。

視点2:怖さの娯楽性は3種類もある

ホラーゲームを作るにあたり、ただ怖さを追求すると娯楽性で失敗することが多い。物語として、話が落ちずに娯楽性が失われ、つまらなくなってしまうのだ。自分もよくハマってしまう罠です。

ここで、なぜ人は怖さを娯楽として受け入れるのかを考えます。

実は、全く異なるいくつかの要因で人は怖さを求めているのだ。現在私は三種類だけ掴んでいるのですが、まだまだ別の要因もあると思っております。

思いついたらぜひコメント欄に書き込んで頂けると嬉しいです。

(1)直面した問題を解決する快感(恐怖に直面すると、遠くの問題である不安が晴れるため、スカッとする)

人は生きている限り、日常的になんらかの不安を感じています。

周囲から嫌われているんじゃないか、自分の地位が取られてしまうのではないか、お金が無くなってしまうのではないか・・・。

こういった不安は想像以上に人の精神に負荷をかけています。

この気持ちを解放したい。そのために人は酒を飲んで騒いだり、何か楽しいことをしたり、何か趣味・信条・宗教にのめり込むことで、遠くの不安を忘れようとしているのです。

目の前の出来事に集中することだけが、遠くの不安を解消することができる。

そこで、怖い経験が役に立つ。怖い体験を味わい、それを乗り越えることで、目の前の問題が解決して、人はスカッとする。遠くの不安を一時的に忘れることができるのです

この快楽を効果的に与えるシチュエーションは「パニックホラー系」「逃走系ホラーゲーム」です。この要因で大事なことは「恐怖を乗り越えた爽快感」であるため、きちんと物語の結末をしっかり作り込むことが重要になります。

この要因で快感を味わいたい人は、恐怖を乗り越えた感覚を求めているからです。

(2)不安の構造を理解して安心する快感(不安の構造を客観的に理解することで、安心することができる)

繰り返しますが、人は日常的に何らかの不安を抱いているため、その不安を解消する方法を求めている。

不安を解消する別の方法は「不安の要因を全て解き明かす」ことです。

不安になる要因を調べて、「あ、これはこの方法で回避できるな」と理解することで、安心して未来の恐怖に備えることができる。これが人間の本能的な快楽に繋がります。

自分が嫌われているかも・・・と思ったとき、周囲の友達に自分の評判をそれとなく聞くことがその一例でです。

この快楽を効果的に与えるシチュエーションは「ホラーゲームの原因解明編」です。

バイオハザードで言えば「Tウイルスがなぜばら撒かれたのか」を理解したり、SIRENで言えば「なぜ羽生田村から出られなくなったのか」が明らかになるシーンです。

不明な原因を解き明かすことで、人は安心することができる。それが生存本能に働き掛けることで、快楽を感じることができるのです。

(3)自己存在肯定の快感(現状の社会・組織の硬直に不満が溜まっており、外部の存在に触れることで留飲を下げたい)

人は生きている限り、何らかの組織に属している。そして、組織のルールや階級は、時にとても息苦しく感じることがあります。

自分が組織で認められない・組織倫理が自分の行動を制限する時、人は外部の別の倫理を求めることで、自分の存在を確かめることになります。

小学校の七不思議は存在するけれど、保育園・幼稚園の七不思議はまず聞かないです。

これは、小学生が「小学校の倫理・人間関係」に嫌気がさしており、この解決を異形の怪異に求めているからである、と考えられます。

組織から認められたいという気持ちが、組織を恐怖に陥れる怖いものを求めるのです。

ちなみにこれが悪化すると、中二病になります。

未知の魔術を使えることで認められたいという気持ちが中二病の発症要因。

さすがに大人になると現実が大分わかってしまうので、中二病になることはないだろうが、それでも人は硬直した組織を破壊する何かを求め続けています。

この快楽を効果的に与えることができるシチュエーションは「怪獣もの」です。

「シン・ゴジラ」では、既存の凝り固まった組織が見事、未知の存在ゴジラに崩壊させられてしまいました。

この話を作るときに大事な内容は「凝り固まった組織を崩壊させること」です。

そして、きちんとオチをつけるのであれば「組織を正しい形に再構築させる」と非常に有益な娯楽を提供することができるでしょう。

視点3:恐怖を大きくする方法

恐怖が大きければ大きいほど、乗り越えた快楽は大きいものになります。この恐怖を大きくするためには以下の3点が必要になります。

・いつ襲ってくるかわからない状態が続くこと

・危険度が高いこと

・恐怖が身近であること

「いつ襲ってくるかわからない状態が続くこと」については以下の記事でまとめていますのでご参考ください。

恐怖がいつ起きるかわからないが、恐怖に直面していると感じている状況を長くすることで恐怖を大きくすることを考えています

怖いホラーゲームとは ~恐怖でアクセス数増加大作戦~

「危険度が高いこと」を追求すると、殺人とか残虐性に走ってしまうことになるでしょう。SAWシリーズがまさにこの点を追求しています。

一方、「恐怖が身近であること」を高める一番の方法はストーリーを「現実で会った話」にすることです。

フィクション前提のホラーゲームではこれを採用するのはとても難しい。

何かしらの方法で、現実とリンクさせると、恐怖を高めることができます。

「赤い部屋のFlash」がラストシーンでこの現実とのリンクを上手く使っていましたね。あと、「こ~こはど~この箱庭じゃ」も同じ手法を使っていました。

まとめ: では、何を作ろうか

この記事では以下の内容について話しました。

・不安と恐怖は異なるものである

・怖さを娯楽に感じる要因は少なくとも3種類ある

一通り体系化を終えたところで、今度はここからいかに娯楽性のあるホラーゲームを作れるかという話になります。

ここからどのようにまとめるかは、制作者のインスピレーション次第かと思いますが、とりあえずの指針といたしましては

「娯楽である以上、恐怖をいたずらに増やすべきではなく、きちんと話の結末を考えてから物語を作るべき」

という娯楽の基本をしっかり忘れずに制作していきたいと思います。

・・・スランプ克服できたらいいなあ。